私は1971年に JE1BQE、1976年に JA9QZH の免許を受けました。1970年代は 50MHz にハマっていました。50MHz の 6エレメント HB9CV (第 1 アンテナ)と 8エレメント HB9CV (第 2 アンテナ)が遠くからの電波も捉えてくれました。12エレメント HB9CV も作ったのですが、アンテナを上げて2日目でブームが曲がってしまいました。
1970年代、私は、第2級アマチュア無線技士 (2アマ)でした。当時、28MHz 以上の周波数では、1アマと2アマは免許上では運用面の差が無く、50MHz では、1アマ、2アマ 共に日本で免許される最大の送信電力は 50ワットでした。現在は、1アマ(1000ワット)と 2アマ(200ワット)に電波法が改定されました。
私は、現在、JE1BQE のコールサインにおいて、HF帯で 1000ワット出力、50MHz で 500ワット出力の免許を受け、アマチュア無線を楽しんでいます。6m バンド愛好家のクラブ SMIRK (Six Meter International Radio Klub) のメンバーにもなりました。
[海外移動運用は楽しい !]ちょっと気合を入れて行った 50MHz の海外移動運用は、1976年の小笠原諸島 (父島から、私のもう一つのコールサインのJA9QZH/JD1)と、1992年のサイパンからの運用 (KH0/JE1BQE)。サイパンからは4日間運用を行いましたが、3日間は何も聞こえなかった50MHzバンドでした。しかし、ミステリアスバンドの50MHzは、4日目に日本-サイパンのパスが開け、約200局と交信ができました。
還暦後の第2の人生では、韓国でいただいた免許 (HL3ZCG) と、50MHz で 1kW の免許をいただいた JD1BOO (小笠原諸島 母島)からの運用を楽しみたいと思います。